大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)21665号 判決

甲事件原告・乙事件被告

甲野花子

(以下「原告花子」という。)

右訴訟代理人弁護士

大谷恭子

石井小夜子

甲事件被告・乙事件原告

乙山次郎

(以下「被告乙山」という。)

右訴訟代理人弁護士

米津稜威雄

長嶋憲一

増田充俊

甲事件被告訴訟代理人弁護士

長尾節之

野口英彦

乙事件被告

甲野太郎

(以下「被告太郎」という。)

主文

一  被告乙山は原告花子に対し、金一八〇万円及びこれに対する平成七年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告花子の甲事件のその余の請求を棄却する。

三  被告乙山の乙事件の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じて、原告花子と被告乙山との間においては、原告花子に生じた費用と被告乙山に生じた費用の二分の一を五分し、その二を原告花子の負担とし、その余を被告乙山の負担とし、被告乙山と被告太郎との間においては、被告乙山に生じた費用の二分の一と被告太郎に生じた費用を被告乙山の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  甲事件

被告乙山は原告花子に対し、金八八〇万円及びこれに対する平成七年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

原告花子及び被告太郎は被告乙山に対し、それぞれ金一〇〇〇万円及びこれに対する平成八年六月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

甲事件は、原告花子が被告乙山からわいせつ行為を受けたことにより精神的苦痛を受けたと主張して、原告花子が被告乙山に対して、慰謝料等の支払を求めている事案である。

乙事件は、原告花子及び被告太郎が週刊誌の記者に対して原告花子が被告乙山からわいせつ行為を受けた旨の虚偽の事実を告げたため、それが週刊誌に掲載されて被告乙山の名誉が著しく毀損されたと主張して、被告乙山が原告花子及び被告太郎に対して慰謝料の支払を求めている事案である。

第三  当事者の主張

(甲事件)

一  請求原因

1 当事者

被告乙山は、兵庫県選出の参議院議員である。

原告花子は、平成六年一二月一日、被告乙山の事務員として雇用され、賃金月額一〇万円との約定で、東京都千代田区永田町所在の参議院議員会館三二四号室(以下「事務所」という。)において勤務していたが、平成七年二月二一日、退職した。

2 被告乙山のわいせつ行為

(一) 被告乙山は、平成七年二月二〇日午後四時ころ、事務所において、いきなり原告花子に抱きついてキスをしようとし、原告花子が口を固く結んでいると、唇、頬を舐め回した。そして、「糖尿病だから立たん。一年で病気を治すから、そしたら寝てくれ。」などと言い出し、出入口の扉の鍵を施錠し、原告花子を長椅子に座らせていきなりスカートの下に手を入れようとしたり、逃れようとする原告花子を抱きすくめ両手でその頭を押さえつけたうえ、キスをしようとし、原告花子のセーターをまくしあげて胸に手を入れて乳房や肩を噛むなどの行為に及んだ。

(二) 被告乙山の右一連のわいせつ行為は、強制わいせつ罪に該当するばかりか、勤務時間中の職場において原告花子が容易に拒絶し難い環境、立場にあることにつけ込んでの行為であって、セクシャルハラスメントそのものに他ならない。したがって、被告乙山の右わいせつ行為は不法行為を構成し、被告乙山は原告花子が被った損害を賠償する義務がある。

3 原告花子の損害

原告花子は、被告乙山のわいせつ行為によって貞操の危機にさらされ、名誉も侵害され、円満な家庭生活も脅かされ、不眠、不快感等で多大な精神的苦痛を受けた。そして、原告花子は被告乙山からの要請で、以前の勤務先を辞めて就職したのに、右わいせつ行為により退職に追い込まれた。

被告乙山のわいせつ行為は、良識の府である国会の参議院議員会館内で、しかも国会議員によるものであって到底看過することができず、国会議員及び国会の良識に対する国民の信頼さえゆらぎかねない。

原告花子は被告乙山に対し、再三再四にわたり謝罪を求めたが、被告乙山は、これに応じようとしない。

以上を総合考慮すれば、原告花子が被った精神的苦痛を慰謝するに足る慰謝料は金八〇〇万円を下らない。また、原告花子は、本件訴訟の提起及び遂行を弁護士に委任し、その報酬として金八〇万円を支払うことを約束した。

4 よって、原告花子は被告乙山に対し、不法行為に基づく損害賠償として、金八八〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成七年二月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1項の事実は認める。

2 同2項のうち、(一)の事実は否認し、(二)は争う。

3 同3項のうち、原告花子が被告乙山に謝罪を求め、被告乙山が謝罪しなかったことは認め、弁護士報酬については知らない。その余は争う。

(乙事件)

一  請求原因

1 当事者

被告乙山は参議院議員であり、原告花子と被告太郎は夫婦である。

2 原告花子及び被告太郎の名誉毀損行為

株式会社新潮社(以下「新潮社」という。)は、その発行する「週刊新潮」平成七年四月六日号に、「議員会館で『婦女暴行』に及んだ『△△』国会議員の姓名」の見出しのもと、被告乙山があたかも原告花子に対してわいせつ行為を行ったかのような記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。そして、原告花子及び被告太郎は、新潮社の取材に対してそれぞれ本件記事の内容に沿う架空の事実を述べて、本件記事を掲載させた。

本件記事は被告乙山の国会議員としての社会的信用を著しく傷つけるものであり、新潮社にこれを掲載させた原告花子及び被告太郎の行為は、それぞれ単独で不法行為を構成するから、被告乙山が被った損害を賠償する義務がある。

3 被告乙山の損害

被告乙山は、本件記事によって国会議員としての社会的信用を著しく傷つけられ、甚大な精神的苦痛を受けたが、右精神的苦痛を慰謝するに足る慰謝料は少なくとも金二〇〇〇万円を下らない。

4 よって、被告乙山は原告花子及び被告太郎に対し、不法行為に基づく損害賠償の内金として、それぞれ金一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成八年六月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(原告花子)

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項のうち、新潮社が「週刊新潮」平成七年四月六日号に本件記事を掲載したことは認めるが、原告花子が本件記事を掲載させたことは否認し、その余は争う。

3  同3項は争う。

(被告太郎)

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項のうち、新潮社が「週刊新潮」平成七年四月六日号に本件記事を掲載したことは知らない。被告太郎が本件記事を掲載させたことは否認し、その余は争う。

3  同3項は争う。

第四  当裁判所の判断

一  甲事件について

1  請求原因1項(当事者)の事実は、当事者間に争いがない。

2  同2項(被告乙山のわいせつ行為)の主張について

(一) 甲第一、第二号証、第四、第五号証の各一、二、第六ないし第八号証、第一一号証、乙第一、第二号証、第七号証、丙第一ないし第三号証、第五号証、原告花子及び被告太郎各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告花子と被告太郎夫婦はともに○○学会(以下「学会」という。)の会員である。被告太郎は、長らく△△党代議士の秘書を務め、平成六年四月から一〇月まで被告乙山の私設秘書として務めた後、衆議院議員の政策秘書になり、今日に至っている。原告花子は、××新聞社の食堂にパートタイマーとして勤務していたが、被告乙山の要請があって右食堂を辞めて平成六年一二月一日から被告乙山の事務所に勤務するようになった。

(2) 平成七年二月二〇日、被告乙山の丙川三郎政策秘書(以下「丙川秘書」という。)が阪神大震災後、ほとんど地元神戸に帰っていたため、事務所内で勤務している者は原告花子のみであった。被告乙山は、同日午後三時ころ、神戸から上京して事務所に着き、同月二四日の参議院本会議において行う予定の代表質問の準備のため、他の議員の秘書らと打ち合わせをするなどし、原告花子は、来客へのお茶出しなどをした。

同日午後四時過ぎころ、来客が途絶え、原告花子が別紙事務所見取図(以下「見取図」という。)の秘書室の流し台で湯呑み茶碗等の洗い物やその片付けをしていたところ、被告乙山は秘書室と議員室との間の出入口付近を行ったり来たりしていた。そして、原告花子が片付けをするために議員室に入ったところ、被告乙山は、見取図B1の位置で風邪気味の原告花子に対し、「風邪はどうだ。熱はあるのか。」などと述べながら原告花子の額に手をあてた。原告花子が「熱はありません。」と述べて後ずさりすると、被告乙山は額を差し出して、「わしの方はどうだ。」と述べて熱を計ってくれというような素振りをした。原告花子が「議員の熱は政治への情熱でしょうから。」と述べて取り合わなかったところ、被告乙山は、片腕をぐるぐる回しはじめて「肩が凝る。」と述べて肩を差し出してきた。原告花子が「あまり回さない方がいいんじゃないでしょうか。ご自分で押したら。」と返答すると、被告乙山は、「そうかね。ここ、ここなんだがな。」などと述べながら、一旦議員室の電話の載ったテーブル横のソファーに座った後、長椅子(見取図A2の位置)に座り直した。原告花子は、嫌だと思いながらも被告片山の要請を断ることもできず、「こういうふうに押すんですよ。」と述べながら、見取図B2の位置で被告乙山の後ろから片手で被告乙山の片方の肩を押した。丁度そのとき、ソファーの横にある電話が鳴ったので、原告花子が手を止めて見取図B3の位置で電話に出ようとしたところ、切れてしまった。その後すぐにまた電話が鳴ったが、被告乙山は、「取らなくていい。」と言って立ち上がり、見取図A3の位置でいきなり原告花子に抱きついて服の上から肩を噛みつき、体を押し付けながら強引にキスをしようとし、原告花子が口を固く結んでいると、その唇、頬を舐め回した。そして、被告乙山は、「そのまま、そのまま。」と述べて、一旦原告花子から離れて事務所と廊下との出入口の扉を施錠した。原告花子は呆然としていたが、被告乙山が出入口の扉を施錠したことが分かって驚愕し、事務所から退室しようとした。ところが、被告乙山は、見取図A4の位置で原告花子の前にひざまずいてその足に抱きつき、「一目見たときからあんたが好きだった。」「ずっといてくれ。」「世界旅行に連れて行ってやるから。」「糖尿病だから立たん。」と行って自分の股間部を指差し、「一年で病気を治すから、そしたら寝てくれ。」「わしを好きだと言ってくれ。」などと述べた後、原告花子を長椅子(見取図B4の位置)に押し込み、そのスカートの下から手を入れようとした。原告花子は、被告乙山の手を振り払い、「やめて下さい。辞めますから。もう来ません。」「窓から見えますよ。」などと述べて逃れようとすると、被告乙山は、原告花子に抱きつき、「辞めないでくれ。」などと懇願しながら、原告花子を長椅子に押し付け、原告花子のセーターをまくしあげて乳房や肩を噛んだりした。それから、被告乙山は、足を床につけたまま、長椅子に上半身を仰向けに横たえ(見取図A5の位置)、原告花子の身体を持ち上げて自分の身体の上に乗せ、原告花子の頭を両手で押さえつけてキスをしようとし、その顔を舐めた。原告花子は、「苦しい。」「やめて下さい。」「辞めます。」と述べて拒み続け、やっとのことでその場を逃れ、いつもは帰り際に出していたゴミも出し忘れ、洗面所にも行かずに髪が乱れ、口紅もとれたままの姿でハンドバッグとコートを持って事務所を退室した。

(3) 原告花子は、退室後、帰路を急ぐ電車内で、当日夜学会の地域の会合があり、それに夫の被告太郎と待ち合わせて行く約束であったことを思い出し、JR蒲田駅で被告太郎に電話をかけ、右会合に出席できない旨を述べた。その際、「事故にあった。乙山にやられた。」と伝え、被告太郎からの「既遂か未遂か。」との問に対して未遂である旨を述べた。原告花子は、帰宅後布団の中で寝込み、被告太郎の帰宅後、被告乙山の事務所を退職することを告げ、被告太郎の了承を得た。

(4) 原告花子は、翌日二一日、被告乙山の事務所を無断欠勤して自宅で退職届を書き、被告乙山に出会わないように、同日午後一〇時ころ、被告太郎と一緒に参議院議員会館へ行った。そして、被告太郎を玄関ロビーで待たせ、原告花子が一人で事務所に行くと、丙川秘書がいたので、同人に退職届を提出した。丙川秘書は原告花子に退職の理由を尋ねたが、原告花子は何らの返答もしなかった。

(5) 被告乙山は、同月二一日以降二四日まで連日原告花子の自宅に電話をかけ、二二日には「風邪が治ったら出てくるように。」、二三日には「わしを悪く思わんでくれ。」、二四日には「国会質問するので祈ってくれ。いい議員になるから。頼むから出てきてくれ。」などと述べた。

(6) 被告太郎は、被告乙山が原告花子に対して右のように連日電話をかけてくることに腹を立て、同月二五日、被告乙山に対し、質問状を送付して文書による回答を要求した。すると、同月二八日、右質問状を見た被告乙山から被告太郎宛に電話があり、被告乙山は、「甲野さん。ホンマに申し訳ない。ワシのやったことは万死に値します。」「ワシは人間のクズです。」「このままでは死んでも死にきれん。」「一晩中題目あげて明日もっぺん電話さしてもらいます。」などと述べた。

(7) 原告花子は、被告太郎から丙川秘書が何度か同被告の勤務先に電話をかけてきたと聞き、丙川秘書は第三者であって恩義もあったことから、同人には事情を説明した方がいいと考え、同年三月二日ころ、衆議院第二別館の喫茶店で丙川秘書と会い、その後、被告太郎の勤務先である衆議院議員の事務所で同被告とともに丙川秘書と話し合った。その席上、丙川秘書は、「議員から聞きました。ご主人の質問状を見ました。びっくりしました。議員を辞めると言っています。」旨を述べ、被告太郎は、「議員を辞めることはない。党を辞めればいい。」と返答した。また、その際、丙川秘書が「議員は甲野さんが肩を揉んだから甘えたと言ってました。」と述べたことから、それまで二月二〇日の出来事について詳細に聞いていなかった被告太郎が、原告花子自身にもすきがあったのではないかという疑念から、原告花子に対して激怒するということもあった。その翌日、原告花子は、丙川秘書に電話をかけ、「主人に子供達の前で責められた。子供や子孫末代のためにも身の潔白を証明しなければならない。週明けに人権擁護団体のセクハラ相談窓口で女性の相談員に全てを聞いてもらうつもりです。」と述べた。

(8) 被告乙山は被告太郎に対し、同月七日付けで「今回の件につきましては、事実無根でありますが、私の言動及び行動が誤解を招く結果になりましたことについて、深く反省いたしております。」と記載した回答書を送付してきた。これに対し、被告太郎は、同月一〇日、被告乙山に対し、先に送付した二月二五日付け質問状を添付した質問状を改めて送付した。

(9) 被告太郎は、同年三月上旬、被告乙山の地元後援会の有力者である丁沢四郎から呼び出されて参議院の一階ロビーで会い、金銭解決の申し入れを受けたが、被告乙山本人が事実を認めて謝罪することのない状況で、関係者から金銭を受け取るのは問題があると考えて、これを断った。

(10) 原告花子と被告太郎は、同年三月半ばころ、被告乙山の所属する政党の実力者と会って本件について相談したが、結局、被告乙山が事実を認めないということで、事態の好転は見られなかった。そこで、原告花子と被告太郎は、その実力者にも告げたうえで、かねてから学会の関係で面識のあった弁護士に相談し、一旦は被告乙山に対する慰謝料請求訴訟の提訴等を受任してもらい、週刊誌の取材に対しては弁護士に相談している旨を告げ、取材に応じないようにとのアドバイスも受けた。しかし、その後、同弁護士から受任を断られたため、原告花子は、同月二三日、麹町警察署へ赴き相談したが、同署員から女性弁護士と相談するように勧められた。そこで、某女性弁護士に相談したが、被告乙山もその弁護士が所属する事務所の別の弁護士に相談していたため、結局、受任を断られてしまった。

(11) その後、同年七月に参議院選挙が行われたこともあって、原告花子は、学会が被告乙山に対して組織として制裁することを期待して静観していたが、選挙後の同年八月四日付け△△新聞で、被告乙山が制裁を受けるどころか、会派の幹事長代理に就任することを知って激怒し、被告乙山に対して会って謝ってほしいと申し入れ、同月一四日、三〇日、九月二〇日の三回にわたって誠実な対応を求める旨の手紙を出した。しかし、被告乙山はこれに応じようとせず、原告花子と会うことも拒絶した。そこで、原告花子は、本件訴訟代理人の弁護士に委任して本件訴訟を提起するに至った。なお、この段階において、被告太郎は、相談に乗って解決のために尽力してくれた学会の関係者に対する恩義と、一番の被害者である原告花子への配慮との板ばさみから、この提訴には一切かかわらないという態度を堅持しようと決意した。

(二) これに対し、平成七年二月二〇日の出来事に関して、乙第六号証及び被告乙山本人尋問の結果中には、被告乙山は、同日午後四時三〇分ころまで他の議員の秘書と本会議における代表質問のための打ち合わせを行った後、風邪気味である原告花子に早く帰って休むように言い置いて、事務所の議員室のソファーで仮眠をした。午後六時ころ目を覚ますと、秘書室にはまだ電気がついていて原告花子がいたので、早く帰るように重ねて言ったところ、原告花子は「はい。」と返答し、折からかかって来た電話に出たものの、被告乙山に取り次がず、挨拶もせずに帰宅した、との記載及び供述がある。

しかし、右の記載及び供述が真実であるとすれば、原告花子の本件訴えは、被告乙山を陥れるための陰謀か、少なくとも何らかの目的のために性的被害の事実を捏造したということになるが、そのような陰謀の存在や性的被害が捏造されたことを窺わせる事情は見当たらない。

また、被告乙山が翌二一日以降二四日まで連日原告花子の自宅に電話をかけた事実(前記(一)の(5))について、被告乙山本人も連日電話をかけたこと自体は認めるところであるが、無断欠勤した一秘書の自宅に、単に気嫌伺いや病気見舞のために、議員が自ら四日間も連日電話をかけたということでは、いかにも不自然である。

さらには、被告太郎からの質問状を受け取った後の二月二八日の電話の内容(前記(一)の(6))や三月七日付け回答書の内容(同(8))をはじめ、被告乙山が原告花子や被告太郎からの追及に対してとった行動についても、二月二〇日の午後仮眠をとっていただけにしては、到底納得のいくものではない。

したがって、二月二〇日の出来事に関する乙第六号証及び被告乙山本人尋問の結果は信用できないし、他に前記(一)の認定を覆すに足りる証拠はない。

(三) 前記(一)において認定した事実によれば、被告乙山は嫌がる原告花子に対し、その意に反して、強引にキスをしようとし、唇や頬を舐め回し、スカートの下から手を入れようとしたり、セーターをまくしあげて乳房や肩を噛んだりするなどのわいせつ行為に及んだというのであり、これは不法行為を構成するというべきである。

3  請求原因3項(原告花子の損害)の主張について

以上のとおり認定判断したところによれば、被告乙山の行ったわいせつ行為は、雇用主であり、国会議員である被告乙山がその地位を利用するとともに、有形力を行使して、原告花子の意に反してわいせつ行為に及んだものであって、その態様は悪質というほかなく、加えて、原告花子は貞操侵害の危機にさらされたばかりか、その後、丙川秘書の言動もあって、夫の被告太郎から原告花子自身にもすきがあったのではないかと叱責されたり、家庭内で孤立し、自ら身の潔白を晴らさざるを得ない立場に追い込まれたのであって、原告花子が相当の精神的苦痛を受けたことは想像に難くない。また、原告花子は、被告乙山の要請を受けて従前の勤務先を辞めて被告乙山の事務所で勤務するようになったのに、それからわずか三か月弱で被告乙山のわいせつ行為が原因で退職を余儀なくされ、職を失ったのである。さらに、原告花子は、被告乙山に対して再三再四にわたり謝罪を求めてきたが、被告乙山は事実を否定して謝罪には一切応じていない。以上の点及び本件に現れた諸事情を総合考慮すれば、原告花子の受けた精神的苦痛を慰謝するには、金一六〇万円をもって相当と認める。

また、原告花子が本件訴訟の提起及び遂行を本件訴訟代理人の弁護士に委任したことは、当裁判所に顕著な事実であるところ、本件事案の内容や訴訟遂行の難易などを考慮すれば、被告乙山の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、金二〇万円と認めるのが相当である。

4  以上によれば、被告乙山は原告花子に対し、不法行為に基づく損害賠償として、金一八〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成七年二月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二  乙事件について

1  請求原因1項(当事者)の事実は、当事者間に争いがない。

2  同2項(原告花子及び被告太郎の名誉毀損行為)の主張について

(一) 新潮社が「週刊新潮」平成七年四月六日号に本件記事を掲載したことは、被告乙山と原告花子との間においては争いがなく、被告乙山と被告太郎との間においては甲第九号証によって認められる。

(二) そして、乙第三号証によれば、被告乙山を原告とし、新潮社を被告とする本件記事等による名誉毀損に基づく損害賠償請求訴訟(当庁平成八年(ワ)第一六六一号事件)において、新潮社が提出した準備書面には、「当の被害者本人には電話で取材したところ、(略)『その件については、弁護士に相談しているところである。』とのことで、被害者本人から直接内容は聞けなかったものの、右のとおり事件の存在を肯定する回答が得られた。そこで、被害者の夫に現実に取材をしたところ、プライベートな問題であることから詳細は聞けなかったものの、かなり原告に対し憤っており、事件直後原告自身が電話で何度も謝ってきたこと、原告夫人の遣いという者が来宅し金で示談を申し入れてきたこと、手紙のやり取りの存在等、情報提供者の供述、資料を裏付ける重要な証言を得た。」との記載がある。

しかしながら、前記認定(一の2の(一)の(10))のとおり、原告花子と被告太郎は、当初受任してもらった弁護士から、週刊誌の取材に対しては弁護士に相談している旨を告げ、取材に応じないようにとのアドバイスを受けていたのであり、原告花子はもとより、被告太郎についても、新潮社の記者の取材に応じて被告乙山が原告花子に対してわいせつ行為を行った旨の事実を告げるなど、本件記事が掲載されるについて新潮社に対して情報の提供等の取材の協力を行ったと認めるに足りる証拠はない。

3  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告花子及び被告太郎ともに、被告乙山に対する名誉毀損の不法行為は成立しないから、被告乙山の請求はいずれも失当である。

三  結論

以上によれば、原告花子の甲事件の請求は、慰謝料等金一八〇万円とこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、被告乙山の乙事件の請求はいずれも理由がないから棄却して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官萩尾保繁 裁判官白石史子 裁判官島岡大雄)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例